英語科教員のメモ書き。

今日やれば、今日伸びる。

ロンドンより、英語学習に関する情報発信中

教員への暴力

news.yahoo.co.jp



先日、名古屋大学准教授の内田先生による寄稿が目にとまりました。

 

教員による生徒への暴力は言語道断ですが、

生徒による教員への暴力が注目されることは今まで少なかったように感じます。

 

そして、とても悲しく感じるのが、

暴力を受けた教員を守る人が少ない(または少なく報道されている)こと。

実際どうなんでしょうか。

 

上記の記事の中では、

生徒による暴力被害を受けた教員の技術不足を指摘する元校長の声が取り上げられています。

被害者の教員の技術があれば、暴力は防げたかもしれません。

 

ただ、そうした事件の未然防止に先陣を切って努めるのは管理職でしょうと。

もちろん技術不足の解消のため勉強するのは大前提ですが、

部下を育てるのも上司の責任ではないでしょうか。

 

確かに、教員はどんな子どもに対しても優しく受け止め、

その子たちの良いところを見つけ伸ばしてあげることが求められますが・・・

全教員に完璧を求めると、それは理想論といえる部分も見えてきます。

 

私もまだまだそれが完全にできているとは思いません。

人間的に未熟なところはたくさんあります。

 

こうした事件を受けて、学校の管理体制が改善することを望みます。

自分も、できないことは積極的に先輩や管理職に相談していこうっと。

がんがん帰る。

お疲れさまです、Javishです。

 

先日、OECDの日本の教育に関する報告があり、

教員の長時間労働が課題との指摘がされました。

  

www.kyobun.co.jp

 

仕事は多く抱えていながらも、Javishも1秒でも早く帰れるよう実践しています。幸いなことにJavishの勤務校ではタイムカードが導入されており、勤務時間と残業時間を把握できます。

 

結果、「18:30退勤、遅くても19:00退勤」を目標に1学期間がんばってきましたが、過労死ラインの残業月80時間には届かない程度の残業時間に収められました。

まだまだ仕事量が他の先生方と比較すると少ないのですが、退勤目標時間を決めていると意識が変わってきます。(当たり前といえば当たり前ですが・・・教員という職業柄、意識が薄れがちです)

 

他の先生方がまだパソコンに向かっている中で退勤するのは少し勇気がいりますが、Javishはがんがん帰ります。

しっかり休み、家族との時間を大切に過ごし、きちんと寝る。

 

皆さんも、休めるときに思い切って休んでみては。

夏休み短縮の検討。

お疲れ様です、Javishです。

 

文科省は今日7日、都道府県の教育委員会に対し、

必要に応じて夏休みの延長や臨時休業日の追加の検討を通知しました。

 

www.sankei.com

 

 

 

最近少しずつですが、

「休むこと」が認められつつあるのではと思うようになりました。

今回のように夏休みを延長したり、臨時休業日を増やしたり、

また部活動の時間の短縮化が(学校によりますが)図られたり。

 

休むことは本当に大切です。

 

今日もJavishは定時きっかりに退勤しました。

(さすがに定時は夏期休業期間しかできませんが・・・)

まだ日が出ているうちに帰宅するのはとても気持ちがいい。

帰りの電車でのうたた寝も、

夜の電車の中でくたくたになって寝落ちするより何倍も精神衛生上よろしい。

 

今回の夏休みの延長は「熱中症対策のため」とありますが、

今日は関東地方はいままでとは打って変わって涼しい雨模様。

生徒が体調を崩さなければいいですね。

大阪市の教員人事評価の件。

お疲れ様です、Javishです。

 

headlines.yahoo.co.jp

mainichi.jp

 

上記の大阪市の教員人事評価の件について考えます。

まず概要としては、大阪市の吉村市長は大阪市全国学力・学習状況調査の結果が芳しくないことから、市として各学校ごとに数値目標を設定し、その達成状況を教員の人事評価に反映させる意向を示したというものです。これに対し、現場からは反発の声が上がっていると。

 

www.asahi.com

 

児童生徒の成績が全国的にみて低いという課題に対し、教員への金銭的な評価による解決策を打ち立てようとしているということですね。反対意見の中には「学力テストの目的から乖離している」というものがあります。

 

まず、そもそも全国学力・学習状況調査の目的は何なんでしょうか。

文部科学省によると、

 

  • 義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
  • そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
  • 学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/zenkoku/1344101.htm より引用 )

 

とあります。

 

大阪市は長い間学力テストの結果が低いことが指摘されており、学力の底上げが課題でした。今までの取り組みでは学力に改善がみられないことから、具体的な数値による目標を立て、それを教員の人事評価に活用するという改善に舵を切ったことになります。

よって、大阪市は学力テストの目的を履き違えているわけではないと解釈することもできます・・・が、反対する人もいるでしょう。

今までの方針とは大幅な変更となりますから、変革を起こそうとしているという観点では評価できなくもないのですが。

 

反発している方々は、「教育の成果を金で釣るな」というスタンスなのでしょうか。

生徒の成績を金銭的なモチベーションでより伸ばそうとするな、のような。

それとも、そもそも義務教育の目的は人格の完成であって成績の向上ではないから、

カネを使う目的が間違っていること?

 

色々調べてみると、

 

・学力格差は経済格差が起因することが多いため、教員に使うより格差解消に使うべき

・教員はカネで勤務の質が向上するか不透明

・カネで勤務向上を狙う大阪市の教員志望者が減る

 

など、諸々ありました。

 

1点目の「格差解消に使うべき」に関しては、

大阪市は家庭の貧困解消に向けて、所得に応じた塾代の助成をしているなど、

一概に格差解消に取り組んでいないわけではありません。

www.city.osaka.lg.jp

 

 

2点目の「教員はカネで仕事(生徒の学力向上)をもっとがんばるか」はどうでしょうか。

 

部活動の手当てが少し改善された際、

「手当てよりも休みがほしい」という声は少なからずありました。

news.yahoo.co.jp

 

要因を的確に把握し、それを解決するための施策を打っていくはずなんですが。

 

 

「生徒の成績が向上しない→生徒の成績が向上したら手当て増」

 

という施策は、

 

「①生徒の成績が向上しない→②教員はもっとがんばるべき→③じゃあがんばった人が評価される制度を作ろう→④生徒の成績が向上したら手当て増」

 

という思考によって作られたものとも考えられます。

不思議ですね、③はとても合理的な判断なのに、

②の理由付けは納得がいくものではないという。

 

生徒の学力が向上しない要因はもっと他にあるから、そこにカネを使え。

その要因は、いったい何なんでしょうか・・・

 

 

3点目の教員志望者が減るというのはこれは主観ですね。

教員の評価制度は公務員と同じく年功序列

 

「がんばった人ががんばった分だけ評価される」

 

一般企業ならば常識的な方針ですが、学校ではそうもいかない・・・?

学校教育は本当に不思議です。

 

 

あまりまとまった考えになっていませんが、

感じた事を多めに吐き出してみました。

 

これだけ議論を呼んだ大阪市の方針は今後どうなるのか、

見て行きたいと思います。

紙!紙!紙!

お疲れ様です、Javishです。

 

学校現場でのペーパーレス化はぜひ推進したい。

 

近日参加予定の研修先から、研修の入場券がデータでメール添付されてきたけど、

それを「印刷してお持ちください」。

 

なぜ!!!!

 

なぜわざわざデータで作ったものを印刷させて持ってこさせるんだ。。。

スマホの画面上での確認でいいじゃない。。。

印刷のひと手間をなぜ加えさせるのか。。。

 

これはもうあれだ、

スーパーで買ってきたお肉をいったん冷凍して、

そのあとすぐ解凍しておかずに使うくらい理解できない。

 

完全に要らないひと手間。

 

いったん印刷して、わざと「印刷忘れました」って言ってやろうかしら。

さすがにしないけど。

断ち切れ、負の連鎖。

お疲れ様です、Javishです。

 

Javishの今までの勤務校に共通していえることのひとつに、

「校務の多くがマニュアル化されていない」ことがあります。

教員は多忙すぎてマニュアルを作る暇がないんだろうと思います。

 

ただ、これは新任の教員にとっては非常にやりにくい。

先輩に聞くのも申し訳なく感じることが多いし、

「あの先輩教員に教わった通りにやったのに、他の人に間違っているから直すように言われた」なんてことも・・・

 

これはよくない。

 

「分からないことがあったら何でも聞いて」といってくださる方もいらっしゃいますが、

質問したいときにその先生がつかまえられるとは限らない。

 

というわけで、この夏休みを使って、Javishはできる限り校務のマニュアル化を推進します。負の連鎖は自分で断ち切ります。

 

部活、教科、校務分掌、などなど・・・

未来の後輩が入ってきたときに、負担が少なく勤務に当たれますように。

無駄はなくそう。

お疲れ様です、Javishです。

 

教員の生活は多忙と言われます。

 

実際その通りで、Javishもここのところ19連勤からの12連勤と、

なかなか体力のつきそうな仕事のリズムです。

 

だからこそ、無駄を出来るだけ無くして効率化をはかりたい。

 

・机上のPCモニターは二つ設置する

・机上は整理整頓し、出しっぱなしのものを無くす

・会議の管理職の締めの話は「2分以内でお願いします」と前もって頼む

・周囲の先生方の独り言はほぼ無視する

・頭を使う作業は朝に済ませる

・やったことのない仕事を振られたら、直接前任者にノウハウを聞く

・出ても収穫がない会議には、思い切って責任者にでなくていいか聞いてみる

 

 

他にもまだまだ削りたい。

経験が浅いとかそんなことは言ってられない。

自分の時間は自分で生み出していかないと、

疲れを負うのは自分だけ。

 

あとはテストもマーク式を導入して採点を効率化したいんですが、

これは周りと相談ですね。

 

 

「察する」ことの難しさ。

 

お疲れ様です、Javishです。

 

先日、こんなことがありました。

 

Javishの勤務先にも教育実習生がやってきました。

私も教育実習だったころのことを思い出し、緊張感の有る日々を送っていたのを懐かしく感じました。

ただ、あまり今年の実習生と指導教官のコミュニケーションがうまくいっていないようです。

 

私もその実習生と指導教官がTTのような形式で一緒に授業をしているところを見学する機会があったのですが、

指導教官がプリントを返却しようとしたときに実習生がそれを手伝おうとすると、

「残り時間が余っているから私だけで大丈夫です。時間を稼がないと」

と実習生の手助けを断りました。

 

まぁ、あくまで指導教官が、実習生が手伝う必要がないと考えたならそれもありかなと私も思いましたが、

数日後、指導教官の先生が私に対し、それ以来あまり実習生が手伝いに来ないと軽く愚痴をこぼしたのです。もっと積極的にやれる事を探すべきだと。

 

うーん・・・

 

私も実習生だったころがそんなに遠く昔のことではないので、

どちらかというと実習生の気持ちのほうが良くわかります。

なれない環境の中で、勇気を出して他人を手伝おうとしたら、

それを指導教官に断られてしまった。

実習生からしたらなかなか大変なことです。

一度手伝いを断っておいて、「もっと手伝え」と何も言わずに考えるのは酷では・・・

やんわりそう伝えました。

 

確かに教育実習中は出来ることを積極的に探すことは大切ですが、

実習生に求めすぎるのもどうかと思います。

社会人の経験もないのだから、

何をやるべきかを具体的に示さないと、

コミュニケーションは成立しなさそうです。

 

にしても、

指導教官が実習生に対してこれだけコミュニケーションが取れていないのなら、

普段生徒と接するときにはどんな情報の伝え方をしているのだろう・・・

学びのありかたを考える。

 

お疲れ様です、Javisです。

 

先日の会議にて、管理職が「一斉授業を転換し、考える力をつける授業へ」という内容のお話を職員全体へされました。

 

それをうけ、Javishも半ば実験的ではありながら、授業プリントの空欄を増やし、文法に関する指導はほぼせず、生徒にグループでまとめてもらう方向でいこうと準備をしました。

 

しかし、ふと先輩方の授業パワポをみると、今までの一斉授業とほぼ変わらず、英語科としてあまり路線変更はしない様子でした。自分も慌ててプリントの空欄の量を減らし、ある程度は自分が喋るスタイルにしました。

 

Javishの学校では、理解度の早い生徒はそうでない生徒の補助役にまわり、生徒全員で学んでいくスタイルが徐々に主流になりつつありますが、これに対しやや反対する方もいらっしゃいます。

 

「生徒が努力して授業をしっかりと理解できるレベルに到達したのに、そのさらに先にいくことは出来ず、できない生徒の補助に回らなければいけないのは不公平ではないか。できる生徒はどんどん高度な内容に挑戦する権利がある。」

 

というのがおおまかな反対理由。

 

生徒が話し合ったり教えあったりするのは学びに対して有効というのは定説ですが、果たして出来る生徒はどう思っているのかな。

 

 

年度末の授業アンケートを見たい。

 

挨拶はどうすべきか。

 

 

お疲れ様です、Javishです。

 

英語の授業を計画するとき、

「授業開始時の挨拶をどう決めるか」とても悩みます。


よくあるパターンはおおよそ二つで、

一つは日本で何十年も変わらない、

教員が英語で生徒に"Good morning everyone, how are you?"

ときき、生徒全員で"I'm fine, thank you, and you?"

そして教員がそれに答えて生徒は着席、授業が始まるスタイル。


もう一つは挨拶をほかの授業と全く同様にし、英語でいかないスタイル。

 

communicativeな授業をしたいという気持ちはありながらも、挨拶においてはどちらのスタイルもやりたくないのが本音。なぜなら、両者ともにcommunicativeではないから。

 

前者の「ファインセンキュー、アンドユー」のスタイルは全くcommunicativeではない。

そもそも欧米において1対40以上もの大きな比率で挨拶をそろえてする機会はほぼない。

全員決まったフレーズで挨拶をする点も、communicativeとはいえないだろう。

つまり、本当に生徒の学びにつながる活動であるかどうかは疑問がのこる。


できることなら一人一人に体調や今日何を食べたかなど小さな話を振り、

その受け答えで英語を伸ばしてあげたいのが本音だけれど、

残念ながらそれは授業の挨拶ではかなわない。


結局、ほかの授業と同じく、

起立、気をつけ、礼で授業を始める気がする。


海外経験のある教員という若干の触れ込みで採用となったものの、

「なんだ、こいつの英語の授業は挨拶は日本語なのか」

とかいう期待裏切られ感を感じる瞬間が来るかもしれない。


「日常で使わない英語の挨拶を生徒に練習させるくらいなら、

その時間を削って音読や文法指導をし、学力につなげる」という

強い思いで授業をやろう。